小さい頃から、暖かいものに憧れていた。いつも一人だったから人の体温なんて知らない。赤ん坊の頃はどうだったか分からないが。
抱き締められて、嬉しそうにしている自分と同じぐらいの年頃の子供を見ているとどうしていいのか分からなくなった。だから、なるべく他人の傍には行かなかった。

望んだって仕方がないと、この頃から思っていた。


いつも子供達からは除け者にされて、石を投げられる。
赤毛。赤毛。

…赤鬼の子供。


親の顔なんて知らない。俺と同じように赤いのだろうか。そんなことを思うぐらいだから、親についての記憶はない。それを寂しいと思ったことはないけれど、もし俺の親がどこかにいたとして、俺を見つけたらあんな風に抱きしめてくれるだろうかと思うと、目の奥がツンとした。



いつからか、「見返してやればいい」と思うようになった。今の世の中、力があればどんな奴だって上がっていける。俺のように人と違うことなど問題ではない。
人より強くなる。そうすればいつかきっと、

俺は本当に赤鬼の子供だったのだろうか、一度刀を使うとすぐに馴染んだ。生まれて初めて生きた人間を斬った時も、大して恐ろしいとは思わなかった。
ただ。

斬った後、赤い生き物が俺に向かってくる。その一瞬だけが怖くて、その生き物が体に触れないようにしていた。あれが体に触れた時、自分がどうなるのかが分からない。同じ国に仕えていたある男からは、「何もない。馬鹿馬鹿しい」と豪快に笑い飛ばされてしまったのだが。

ある時。
いつもと同じように斬ったのに、上手くその生き物をよけることができなかった。もろにその生き物とぶつかった俺は、人のあの皮膚の下に潜む生き物が、

こんなにも暖かいことを、知った。


生臭い。血のにおい。人のにおいと、その中にあるはずの血の匂いは違う。不思議だった。そしてもっと不思議なのは、その生臭さの中でふと思い浮かんだ言葉。

「甘い。」


…どうしてそんなことを思ったのか、今となっては思い出せない。ただ、その時から俺は、人を斬ることが楽しくなった。楽しくて、そして、あの生き物が飛び出してくる、その一瞬が待ち遠しかった。




ある時から、…多分あの時からだろう、俺は敵味方から「赤鬼」と呼ばれるようになった。そう呼ばれる原因が外見だけではないことにも気付いていたが、もうどうでもよかった。他人からどう呼ばれようと構わない。
…ただ、やっぱりこの髪は嫌いで、笠を目深に被る癖は直らなかった。


それから暫くして、仕えている主が下剋上を行うことになった。俺は密偵として相手の城に潜り込み、攻め入る際の情報源として探りを入れることになった。
そして。





「…し、名無し!」
遠くで声が聞こえる。その横で、犬の鳴き声もする。
「起きろこの、馬鹿名無しっ!!」
次の瞬間、ぺちん、と頬に何かを当てる音がした。そこで靄がかかっていた視界もはっきりする。目の前には、今自分と一緒に旅をしている子供がいて、その横では子供の相棒である犬が尻尾を振りながらこちらを見つめていた。
「…仔太郎?」
「仔太郎?じゃねえ!さっさと起きろよな!」
「…んー…?」
周りを見渡すと、まだ夜のようで、薄暗かった。起きない所為で怒られるような時間ではない。起こした子供の方はというと、一瞬不安げな顔をして、それを隠すようにそっぽを向いてしまった。
「仔太郎」
「…んだよ、」

この子供―仔太郎と一緒に旅をするようになって、結構な時間が過ぎた。もうすぐ、また冬になって、雪がちらつくようになる。あの時みたいに。

「また、うなされてたか?」
仔太郎は答えない。そのかわり、俺の服の裾を握る。仔太郎曰く、俺はよくうなされる。そんな時は大抵、昔の夢を見ている。そう、今みたいに。
「…そうか、」
夢は選べるものじゃない。本当はあんな夢、見たくない。けれど体の奥に染み付いて離れない。だから俺の所為で起こされた可哀そうな子供の頭をぽんぽん、と優しく叩いて、
「悪かったな」
と言ってやる。仔太郎は「別に」と呟くと、俺から離れようとした。その途端、冷たい風が今まで仔太郎のいた場所に触れて、体を冷やしていった。
「…」

立ち上がって自分が寝ていた場所に戻ろうとする子供の手を引いて、その体を再び膝の上に乗せる。このままだと「何するんだ」と怒って逃げていくので、そうさせないようにしっかり腕を回しておく。案の定仔太郎は顔を赤くして睨みつけてくるが、何故か今日は続く怒声が聞こえてこない。不思議になって仔太郎を見ると、
「…お前、なんて顔してんだよ」
と言われた。
「俺、変な顔してるか?」
「ああ、してる。凄く変だ」
「…。」
よく分らない。何かついているのかと思って顔を触っていると、不意に頭の上に何かが乗せられるような感覚がした。それが手だと気付いたのは、ぽんぽん、とさっき自分がしたのと同じことをされたからだ。
仔太郎は俺の頭を撫でながら、どこか寂しそうにしていた。泣きそうな顔をして、それをこらえるように笑ってみせる。
「仔太郎?」
「…。」

もう一度、その小さな頭を撫でてやると、不意に抱きついてきた。そしてそのまま、顔を俺の服に埋める様にして、動かなくなる。
ああ、と思った。強がっているけれど、この子供は、本当はそんなに強くない。本当は、そこら辺にいる子供と一緒で、甘えたいときもあるし、一人になると不安にもなる。
きっと、俺は物凄く変な顔をしていたのだろう。泣きそうにしていたのか。…悪い事をした。
だから、俺に抱きついて動かない子供の体を抱きすくめて、「大丈夫だから」と言って、背中を擦る。ぽんぽん、と背中を叩いてやると、小さな体に力が籠った。
「もう、大丈夫だから」
「…。」



そう、もう大丈夫。
俺はもう、赤鬼じゃない。人を斬ることがどんなに気持ち悪いことか、あの時思い知って。
人間の中にもうひとつ生き物がいるなんて、そんなことはないと思い知った。
そして。


この、幼い子供が、自分にとっていかに大きな存在なのか。
赤毛とか、赤鬼とか、そんな風に見なかった事が嬉しかった。
俺の本当の姿を見て、怖がらずにいてくれた事が嬉しかった。だから。

俺は精一杯ちいさな体を抱きしめて、「ありがとう」と言う。



暖かくて、幸せな気持ちになる。小さな頃から、欲しかったぬくもり。
今はそのぬくもりを守るために、刀を握る。





本当は、生臭い血なんて、そんなものじゃなくて。
俺だけに向けられる、自分だけのぬくもりが、欲しかった。