最近、仔太郎が冷たい。

声をかけても小さくボソボソと返事をするし、目も合わせてくれない。それに、あまり傍にいたくないのか、一日のほとんどを一人で過ごしている。体に触れようものなら、途端に逃げられてしまう。

何かしただろうかと考えて、可笑しくなった。ここ最近は冷え込みが激しいから、いつもいつも仔太郎にくっついていた。怒られることならいつもしていたというのに、それすら分からなくなっている。
要するに俺にとって「仔太郎にくっついて暖を取りつつ撫でたり云々」という行為が日常化している訳なのだが、それが嫌だったのだろうか。
嫌なら嫌で、そう言ってくれればいいのに、
…そこまで考えて、また可笑しくなる。あの子供は勘が鋭い。それにああやってツンツンした態度を取ってはいるものの、実際は他人思いなのだ。もし俺がそんなことを聞いたら、あの子はどうする?…考えるまでもない。
それでは、どうすればいいのだろう。「嫌だったのか?」なんて聞けない。そんなことを聞いたって、困らせるだけだ。
じゃあ、「もうしないから」って言えばいい?…言えない。もうしないとは言えない。慣れとは本当に恐ろしいものだ。あれだけ一人で生きてきて、他人を拒絶していたくせに、一度受け入れられたらそこから離れることができない。
俺は我侭だな。そう思って、一人で苦笑した。
仔太郎が小屋のすぐ傍にいるのは分かっている。なら今すぐ外に行って、逃げられる前に捕まえて。それでいつもみたいな調子で聞けばいい。
なにがあったんだ、って。
そうすればいいのは分かっているのに、そうできないのは、それが「最後」になるのが怖いからだろう。
どうすればいい?…分からない。

俺は、こういう時どうすればいいのか、何も知らない。それが情けなかった。




…最近、体がおかしい。
風邪を引いたのかと思ったが、そうではないらしい。咳は無いし、喉の痛みも無い。
ただ、体が熱い。冷やしても冷やしても体の奥から熱い熱が湧き出てくるみたいだ。頭もぼーっとする。
体の奥がむず痒い。どうしようもなくて、いらいらする。ただ、それがいつもという訳じゃない。どういう時にそうなるのか、考えてみてまた熱くなった。
…あいつだ。あいつと一緒にいる時、熱いんだ。いつからだろうか。前はこんなことはなかったのに。普通に一日中一緒にいたし、あいつがベタベタ引っ付いてきたって、…まあ、多少は熱くなったけど、でもこんなに酷くなかった。
でも最近になって、あいつを見てると体がおかしくなるようになった。だからなるべく離れている。あまり心配はかけたくない。こんなことを言ったら、血相変えて薬草だのなんだの飲ませるに違いない。
救いがあるとすれば、昔みたいに追っ手が来ないことだ。だからあいつと離れていても平気だ。焦って居場所を変えることも無い。この異変が収まるまで、ここにいるしかない。

あいつ。
きっと何がなんだか分からないで、困っている。そんな顔だった。そういえばここ数日、ベタベタ抱きついたりなんかされていない。きっとあいつのことだから、ベタベタすることに対して怒ってるんじゃないかとか、思っているに違いない。
…まあ、それもある。けど、


…本当は、あんな風にされるのも悪くないとか、思っていたりするんだ。
お父やお母は、もういないから。
唯一助けてくれた人も、多分もういない。
飛丸、…飛丸はいるけど。でも、

…人間で、傍にいてくれるのは、もう。…もう、あいつしか、
だから。
本当は、あんな風にされて、あったかくて、幸せな気持ちに、なる。あいつが嬉しそうに笑っているのを見て、こっちまで嬉しくなって。
嫌じゃない。嫌じゃないんだ。けど、

どうすればいいんだろう。



いつもみたいに、一緒にいたいのに、どうすればいいんだろう―


仔太郎の横で、飛丸がクゥン、と寂しそうに鳴いた。よしよし、と頭を撫でてやる。
「ごめんな、飛丸。大丈夫、大丈夫だから―」
そう言いながら、また表情を曇らせた自分の主人を見て、飛丸の耳がぺたん、と下がる。しかしすぐに、三角の耳がぴこん、と立った。
遠くで、黒い雲が浮かんでいる。飛丸は急にその雲の方へ駆けて行った。
「飛丸?!どこ行くんだ、飛丸っ…!」

飛丸の尻尾は、嬉しそうにパタパタと揺れていた。